ネイル歴3年で転職→入社4年半で独立までのリアルストーリー(福岡・30代女性)
「いつか独立したい!」なんて、実は最初から思っていたわけではありませんでした。
ネイルを始めたきっかけは、「手に職をつけたい」と思って通い始めた専門学校。その頃は、ただネイリストとして食べていけたらくらいの気持ちだったと思います。
■ ネイル歴3年で気づきが始まる
20代前半でネイルスクールを卒業し、初めてのサロンに就職。右も左も分からないまま必死で技術を学び、お客様との接し方も先輩を真似しながら身につけました。少しずつ任されることも増えて、技術にも自信が出てきた頃でした。でも、働いていたネイルサロンの経営者とは、どうしても合いませんでした。
そこはチェーン店で、経営者は男性。いつもお店にいるわけではなく、たまに顔を出す程度でした。普段の現場を見ているわけでもなく、スタッフ同士の関係や、お客様とのやり取りを知っているわけでもない。それでも、来るたびに一方的に指摘だけをして帰っていきます。
忙しさや人手不足、
ギリギリで回している現場の空気。
誰もが必死で頑張っていること。
そういう内情を聞かれることは、一度もありませんでした。
「なんでこうなってるの?」
「意識が低いんじゃない?」
その言葉のたびに、
何かが少しずつ削られていく感覚がありました。
そして、ある日。
いつものように突然来店した経営者に、
理由も十分に説明されないまま、強く怒られました。
声を荒げられて、
言葉を挟む隙もなく、
反論しようとしたけれど、喉が詰まって何も言えませんでした。
その場ではただ、
「すみません」と言うことしかできなくて、
終わったあと、手が震えていました。
家に帰ってからも、
頭の中でその言葉が何度も繰り返されて、
涙が止まりませんでした。
ああ、もう無理だな。
そう思ったのは、そのときでした。
ネイルが嫌いになったわけじゃない。
仕事を投げ出したいわけでもない。
ただ、
この環境で、これ以上自分を押し殺して働くことができなかった。
誰にも相談できないまま、
我慢の限界がきて、
そのサロンを辞める決断をしました。
辞めたあとも、
「自分が弱かったのかな」
「3年目で辞めるのは甘いのかな」
そんなふうに、自分を責めていました。
でも今なら、はっきり言えます。
あれは、甘えでも逃げでもありませんでした。
現場を知らないまま、
人の気持ちを聞かないまま、
上から言葉をぶつけられ続ける環境は、
誰だって心が壊れてしまいます。
ネイリストとして続けるために、
あのとき辞めたことは、
私にとって必要な選択でした。
この経験があったからこそ、
次は「誰と働くか」を大切にしようと思えたのです。
■ 内気な私の転職は、先生に頼ることから始まりました
初めて就職したサロンで3年ほど経験を積みましたが、職場の雰囲気や働き方が自分に合っているとは言えず、モヤモヤが募っていました。
ただ、もともと内気な性格で、まったく知らないサロンに転職する勇気がなかったんです。
そんなとき思い出したのが、専門学校時代にお世話になったYUNO先生の存在でした。技術も人柄も尊敬していたあの先生が、福岡・博多でサロンを運営していることを思い出し、思い切って連絡してみたんです。
◆YUNO先生のインスタグラム
「一度、うちに見学においでよ」と言っていただき、すぐに「アンドネイル」へ。実際に訪れてみて感じたのは、スタッフみんなが自然体で働いている温かさと、ギスギスした競争がない空気感。最初の印象は、もの凄く楽しそう。その気持ちがそのまま感じました。
その場で入社を決めました。実は入社してすぐに社員旅行に行く計画があって、一緒行こう。と言われて、入社いきなり沖縄旅行に行ったんです。本当に楽しくて、スタッフの皆さんも優しくフレンドリーで「ここなら私も頑張れるかもしれない」と感じました。

私もこの環境なら安心して将来を描ける
転職後も、最初はただ「このサロンで長く働けたらいいな」という気持ちでした。
実際、同僚の中には、ここで働きながら結婚・妊娠し、1年間の育児休業をしっかり取得した方も。しかもその間、お給料も支給されていたんです。
「そんな働き方があるんだ…」と驚きながらも、「私もこの環境なら安心して将来を描ける」と心から思いました。正直、私もこの人と同じ道をたどると思ていました。幸せな結婚を描いていました。

はじめは、お客様ともまったく話せない性格
はじめは、お客様ともまったく話せない性格で、先生にあまりにもしゃべらないので、本当に心配してくれました。私の横でしばらくはついて、話題作りや感覚を覚えていくように勧められました。
最初のころは、とにかく聞き役に徹する毎日でした。お客様の一言一言を拾い、声のトーンや話の切れ目に気を配ることだけで精いっぱい。それでも、心の中では「私なんかが話してもいいのかな」と不安がぐるぐるしていました。
そしてある日のこと。初めて自分から自然とお客様に声をかけていました。
「そのネイル、とてもお似合いですね。次回はどんなデザインにされますか?」
そのとき、自分でも驚くくらい素直に言葉が出てきたのです。ほんの少し前の私なら、きっと怖くて言えなかったはず。でも今は、会話が苦手だった自分を受け入れながら、お客様と向き合う楽しさを感じていました。
先生はそんな私を見て、にっこり微笑んでいました。
ついに独立を考え始める
でも、いつしか私の中で少しずつ変化が。
毎日、現場で先生の背中を見ているうちに、「いつか私も自分のサロンを持ってみたい」という気持ちが芽生え始めたんです。
最初はぼんやりした憧れでしたが、先生の働き方を間近で見るうちに、「自分らしいサロンを作ってみたい」という想いが強くなっていきました。先生のネイリスト経営を身近で見てきたことが大きな勇気になりました。
入社して4年半。お客様も少しずつ増え、後輩に技術を教えることも増えてきた頃、自分の中で「今なら挑戦できるかも」という気持ちが固まりました。

■ 入社後4年間で、私が得たもの
そして4年目。自分の顧客が増え、後輩にもアドバイスできるようになり、「そろそろ自分のスタイルで勝負したい」と、ついに独立を決意。
サロンワークの基礎をしっかり学び、接客の楽しさも知り、長く通ってくださるお客様の存在が大きな自信になりました。そして、2024年。福岡市内で小さなプライベートサロンをオープン。
まだまだ挑戦の日々ですが、ようやく自分のペースで仕事と向き合えるようになりました。
今では福岡市内でプライベートサロンを運営し、長く通ってくださるお客様に囲まれて、充実した毎日を送っています。お客様は、お店で告知してくれたのでこれまでのお客様をそのまま引き継がせて頂きました。本当に先生の優しさには感謝いたします。
■ あのとき転職して本当によかった
あのまま我慢し続けていたら、きっと今の自分はいなかったと思います。ネイルという仕事を、もっと好きになれたのは《環境》のおかげでした。
私のように「このままでいいのかな?」と悩んでいる方は、一度、自分の働き方を見つめ直してみてください。福岡・天神・博多エリアには、あなたに合う職場がきっとあります。
■ 安心から始まり、挑戦へ進めた職場
あのとき、信頼できる先生に頼って転職したからこそ、今の自分があります。
「ここでずっと働こう」と思える職場に出会ったからこそ、自分の可能性を広げられたんだと思います。
もし今、「このままでいいのかな」と悩んでいるネイリストさんがいたら。
自分らしく働ける場所を見つけることから、きっと人生は変わります。

最後に一言
現場を知らない経営者ではなく、
同じネイリストとして同じ景色を見てきた人が経営していること。
これは、お店を探すネイリストさんにとって実はとても大きな安心材料だと思っています。
私も、もともとは一人のネイリストでした。
技術の不安、指や腰の負担、集客の悩み、将来への迷い。
全部、同じように経験してきたからこそ、
「現場で本当に困ること」を感覚ではなく、実体験として理解しています。
そしてもうひとつ。
これまでに何人ものネイリストが、このサロンから独立していきました。
独立を止めない。
むしろ、ちゃんと送り出してきた。
それは、ここが今だけではなく、
その先の人生まで含めて考えている場所だからだと思っています。
もちろん、全員が独立を目指す必要はありません。
ずっとサロンで働きたい人もいれば、
技術を深めたい人、ライフスタイルを大切にしたい人もいます。
ただ、
「もし将来、独立したくなったとき」
「次のステージに進みたくなったとき」
それを現実的な選択肢として話せる環境がある。
これは、
同じレベルでネイルをやってきた経営者だからこそ作れる空気だと思います。
今の自分も、
これからの自分も、
どちらも否定されない場所。
ここで働く時間が、
あなたのキャリアの一部として
ちゃんと積み重なっていく。
そんな環境を探している方には、きっと安心してもらえるサロンです。

