「やりがいより安定」が変わった瞬間──心が揺れ動くプロセスを描くコラム
私たちが仕事を選ぶとき、「やりがい」と「安定」はしばしば対立する概念として語られます。若いころは「夢や挑戦心を優先したい」と思いつつも、将来の生活や家族のことを考え出すと「まずは安定する企業や職種に就きたい」という気持ちに傾いていくことも少なくありません。実際に、転職やキャリアチェンジを考える際にも、「年収や福利厚生、職場環境など、“安定”がある程度満たされているか」という点は重要視されるでしょう。
しかし、ある日ふとした瞬間に「いまのままでいいのか?」と疑問が湧き上がることがあります。あれほど求めていたはずの「安定」が、いつのまにか自分を身動きできなくする枷のように感じられる瞬間です。その心の揺れ動きを描くことで、私たちは自身の本当の願いに気づき、次の行動を起こすきっかけを得られるかもしれません。
1. 安定志向から抜け出せなかった私
数年前、私はごく一般的な企業の総合職に就いていました。大学卒業後、周囲からも「堅実でいい会社だね」と言われ、家族は安堵し、友人たちも「羨ましいよ」と口をそろえる。業務は忙しかったものの、基本的に土日は休みで、給与もそこそこ安定していました。「ここにいればとりあえず安心だろう」と心のどこかで思っていたのです。
一方で、社会に出てから知識や視野が広がるにつれ、「自分はもっとチャレンジできるのではないか」「社外でいろんな人と出会って成長したい」という気持ちが頭をもたげ始めます。しかし、安定を捨てて「挑戦」や「やりたいこと」に走るのはリスクが大きいのではないか、と考えてしまう。そんな私には、“やりがい”よりも“安定”の優先順位が高いままだったのです。
2. 何気ない会話が引き金となった
決定的なきっかけは、友人との何気ない会話でした。ある日会った大学時代の親友が、ベンチャー企業に転職したというのです。もともと挑戦好きだった彼らしい決断だな、と思いつつも、一方では「ベンチャーは大変じゃない? 将来の保障は大丈夫なの?」と、つい安定面を気にする私。すると彼は、「リスクはあるかもしれないけど、いまの会社で身に付くスキルや人脈は、きっと将来の自分を強くすると思う」と言いました。
その言葉を聞いたとき、私は無意識に肩に力が入っている自分に気づいたのです。「安定しなくちゃ」という思い込みが、いつの間にか私をがんじがらめにしていたのではないか。「将来やりたいことが明確にあるわけでもないのに、ただ守りに入っているだけかもしれない」。何気ない友人の姿勢と言葉に、ぐらっと心が揺さぶられました。
3. 「守り」から「攻め」に転じるまでの葛藤
もちろん、その場で「よし、私もいますぐ転職しよう!」となったわけではありません。最初は「でも、もし失敗したら?」「今の給与からダウンしたら生活が苦しくなるかも」と、頭のなかで不安が次々と湧いてきました。昔から心配性だったこともあり、もし新しい環境でうまくいかなかったら、自分だけでなく家族や恋人にも迷惑をかけるのでは、と考えてしまうのです。
しかし、その後日を追うごとに、もう一人の自分が心の奥から顔を出しては「このまま歳を重ねていいの?」「安定の代わりに得られなかった“何か”を、将来後悔するのでは?」と問いかけてくるようになりました。結局、どれだけ安定した環境を手に入れても、不満やむなしさが募っていくなら、それは本当に自分が望んだ人生なのか――。そう思い至ったとき、私は安定よりもやりがい、つまり「もう少し攻めてもいいのではないか」という方向に気持ちが大きくシフトしはじめました。
4. 小さな行動を積み重ねた結果
心が動きはじめたとはいえ、大きな決断を下すには勇気がいります。私はまず「小さくチャレンジできる場」を探すことから始めました。
- 社内で新規プロジェクトに手を挙げる
新たなプロジェクトが立ち上がるタイミングで、志願してメンバーに加わりました。ほとんど経験のない分野だったので不安でしたが、普段とは違う業務に挑戦することで、やりがいの感覚が少しずつ培われていったのです。 - 週末を利用して外部の勉強会に参加する
業務外で好きなテーマを扱うコミュニティに参加し、異業種の人たちと交流を重ねました。そこで得た情報や人とのつながりは、社内だけに留まっていては得られなかった刺激でした。
こうした小さな行動を繰り返していくうちに、「安定しているから守る」という受け身の姿勢から、「もっと学んで成長していきたい」という前向きな攻めの気持ちが生まれていきました。やりたいことが明確になるにつれ、不思議と「リスクをとってでも挑戦しよう」という意欲が増していくのを感じました。
5. 安定とやりがいのバランスを再考する
実際、「挑戦しよう」と決意しても、現実的には収入や環境の変化をある程度覚悟する必要があります。しかし、やりがいを重視する生き方は、決して安定を完全に手放すこととイコールではありません。自分の「生活基盤を大きく崩さない範囲」でどれだけリスクをとれるかを考え、そこに向けた具体的な計画を立てることで、ある程度の“コントロールされた安定”と“挑戦”を両立できる場合もあります。
そうして少しずつでも新しいスキルや知識を身につければ、その先に新たなチャンスが生まれるかもしれません。キャリアパスの可能性が広がり、自分を強くする“武器”が増えていくことで、「万一の失敗が怖いから」という思考から解放される瞬間もやってくるのです。
6. 読者の心を動かすために
読者のみなさんも、「安定」が尊い価値であることは十分承知のうえで、それでも「もう少しやりがいを求めたい」「今のままじゃ、いつか後悔するのでは?」と心揺れている方がいるかもしれません。その揺れ動く過程こそが、自分の本質的な欲求を知るチャンスです。
- 素直に心の声を聴く: 「何が本当はやりたいのか?」を問い続けることで、行動の指針が少しずつ見えてきます。
- いきなり大きな決断をしなくてもいい: まずは小さな一歩を踏み出し、少しずつ自分の可能性を広げてみる。
- 安定と挑戦はトレードオフではない: 視点を変えてみると、挑戦が安定をより強固にしてくれる可能性すらある。
心が「やりたいこと」に向かって動き始めるときは、不安と期待が交錯して気持ちが大きく揺れます。そのプロセスにこそ、自分自身を深く知り、人生を豊かにするヒントが隠れているのではないでしょうか。

おわりに
私たちは、ときに「安定」と「やりがい」の間で心を激しく揺らします。安定を求めることも悪いことではありませんし、大多数の人がそうした堅実な選択をするのも自然なことです。ただ、少しでも「自分を変えたい」「もっとチャレンジしたい」という気持ちがあるなら、その心の声を無視するよりは、まず向き合ってみる価値はあるはずです。
やりがいを重視する行動に一歩踏み出す瞬間は、確かに勇気がいりますが、その決断が大きな成長や新しい可能性につながることも少なくありません。自分の人生において、どの程度の安定を望み、どれだけリスクを取れるのか。そのバランスを再考することで、「やりがいより安定」という当たり前に囚われず、より納得感のある未来へと進む道が見つかるのではないでしょうか。

