育てたトラはいずれ自分を苦しめる。ネイリストの世界にある、育成と独立のジレンマ
ネイリストとしてサロンを運営していると、必ずと言っていいほど直面するのが「人を育てることの喜び」と「育てた相手が競合になることの恐怖」です。
私もこれまでに何人もの新人ネイリストを育ててきました。右も左もわからない状態で入ってきた子が、1年、2年とかけてぐんぐん成長していく姿を見るのは、本当に嬉しいものです。少しずつ施術の手際が良くなり、接客もお客様に寄り添ったものに変わってくる。そういった変化を間近で見られるのは、育成側の特権だと思っています。
でも、その子がいずれ独立し、自分のサロンを構えたとき。しかも、それが同じエリア、たとえば福岡市内や天神・博多など自分の拠点に近い場所だった場合。それは「育てたトラが目の前に現れた」ような感覚になります。
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自分が教えた技術が、いつか自分の首をしめることもある
これはネイリストに限らず、技術職の世界ではよくあることです。美容業界では、技術を学んだ人が一定の経験を積むと、独立や転職を考えるのが自然な流れです。特に福岡のように美容意識が高く、個人で勝負するネイリストが活躍できる環境では、育った人材がすぐ近くでサロンを開くことも珍しくありません。
そのとき、育てた側の気持ちは複雑です。「頑張ってるな、嬉しいな」と思う気持ちと同時に、「お客様が流れてしまうかもしれない」「価格競争に巻き込まれるかもしれない」といった不安や焦りも湧いてきます。
さらに厄介なのは、お互い気まずくなってしまうことです。最初は感謝されていたのに、時間が経つと距離が生まれ、競合としての意識が強くなる。そのギャップに、心が疲れてしまうネイリストも多いのです。
それでも「ありがとう」と言える関係でいたい
ただ、私が常に心がけているのは「感謝を忘れないこと」です。独立した相手が、自分と競合になる存在だったとしても、「育てたこと」そのものには誇りを持っていたいと思うのです。
お世話になった人との関係性において一番大事なのは、お互いに人間力を発揮すること。もし逆の立場だったら、自分はどうするか。きちんと感謝を伝えてから旅立つのか。それとも、関係を濁したまま距離を置くのか。そう考えると、やはり「ありがとう」を言ってくれるだけで、気持ちはまったく違います。
転職や独立は、ネイリストにとって成長の証です。その過程で少しでも関わったのなら、それはきっと意味のある時間だったと思いたい。だから私は、表面的には「商売敵」になってしまったとしても、心の中では応援しています。
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感謝を忘れずにいよう。その気持ちだけが自分を救ってくれる
ネイルの仕事は、技術職でありながら人との関係性に大きく左右される職業です。手を通じてお客様と心を通わせ、信頼を築いていくのが私たちの仕事です。そして、それはスタッフとの関係性にも言えることです。
教えたこと、育てた時間、叱った日も、褒めた日も、その全部があって今がある。だからこそ、自分の元を離れていくときに、心がざわつくのは当然です。でも、そこで大切にしたいのは「何をもって、この関係を終えるか」ということ。
「悔しい」という気持ちにとらわれると、どうしても心が濁ってしまいます。けれど、「ありがとう」という感情を抱いて終えられたら、それは未来にとってプラスになる関係だったと言えると思うのです。私はもう何度も、24年間、経験の連続でした。本当に勉強したと思います。
美容の業界では、転職や独立はよくある話です。特に福岡のような土地柄では、活発に動くネイリストも多く、自分の技術を活かして次のステージに進む人も珍しくありません。だからこそ、そういった出来事を裏切りではなく、循環として捉えることができたら、自分の中で前向きな意味を持つはずです。
誰かの未来に関われたことこそ、誇りにしていい
人を育てるというのは、簡単なことではありません。ネイル技術の細かい指導だけでなく、接客の姿勢や時間の使い方、仕事への向き合い方まで、何度も伝えて、見守って、時には衝突もしながら積み重ねていくものです。
だからこそ、その人が独り立ちして活躍している姿を見ると、胸の奥にいろんな思いが渦巻きます。「自分がここまで導いた」という誇りと、「これからは別の道を歩むんだな」という寂しさ。その両方があるのは当然です。
福岡というエリアで、同じようなターゲット層に向けたネイルサービスを展開するとなれば、少なからず影響はあります。お客様を取り合う場面もあるかもしれません。それでも、私がその人の人生の一部に関わったこと、そしてネイリストとして成長するきっかけを与えられたことは、何ものにも代えがたい経験です。
その人がこれから出会うお客様に、自分が教えた何かが少しでも活きているなら、それはきっと意味のある時間だった。そう思えるようになってから、私は「人を育てること」が少しだけ怖くなくなりました。
プライドが傷つき、経営から退く人たちを見てきた
私は28年間、ネイル業界の変化を間近で見てきました。その中で、優秀な技術を持ちながら、心の傷が癒えずにサロン経営から離れていった仲間たちも数多くいます。
一生懸命育てたスタッフに離れられたこと。しかも、その後に競合として現れ、まるで背中から矢を放たれたような気持ちになること。その痛みは、経験した人にしかわかりません。
技術だけでなく、時間も心も注いできた相手に、自分の存在を否定されるような瞬間。感情の処理が追いつかず、怒りや虚しさが込み上げ、それでも「大人として」振る舞わなければならないプレッシャー。それは、本当に辛いものです。
福岡でも、そんな理由で店をたたんだオーナーを何人も見てきました。スタッフの成長を素直に喜びきれず、自分の中で矛盾を抱えたまま、サロンの運営が嫌になってしまう。その気持ちは痛いほどわかります。けれど、私はそこで思うのです。
何を失ったとしても、誰かの人生に関わった事実は消えない。それを「価値」として受け止められるかどうかが、きっと経営者としての分かれ道なのだと。
感謝を言葉だけで終わらせず、態度で示し合える関係を
どれだけ環境が変わっても、たとえ立場が変わっても、人と人の関係性には「心の距離」があります。それは、どんなに離れても、どれだけ競い合うようになっても、互いに敬意と感謝を持ち続けることで保たれるものです。
私が心から願うのは、感謝の気持ちを言葉だけで終わらせず、態度で示せる関係であり続けること。たとえば、独立して忙しくなっても、年末の挨拶にふらっと顔を見せてくれる。あるいは、困ったときに素直に相談してくれる。そんな些細なことが、どれほど嬉しいか、きっと経験した人には伝わると思います。
福岡のようにネイルサロンが密集しやすい都市では、どうしても競争意識が強くなりがちです。でも、それでも「敵」ではなく「かつての仲間」として、対等に、敬意を持って向き合える関係性が築けたら。私はそれを理想ではなく可能な形として信じています。
ネイリストとして働く中で出会うご縁は、技術よりも深く、時間よりも長く残ることがあります。だからこそ、互いの成長を素直に喜び合える関係でいられるよう、日々の言葉や態度にこそ想いを込めたい。そういう気持ちを、大事にしていきたいと思っています。
経営とは、自分との闘いでもある
ネイルサロンを経営するというのは、数字の管理やスタッフの育成だけでなく、自分の心と向き合い続ける作業でもあります。人を育てれば、必ず別れがある。その別れが円満であっても、どこかで心はざわつく。ましてや、それが競合になるような別れ方だった場合、自分の価値まで揺さぶられるような気持ちになることもあります。
それでも私は、自分にこう言い聞かせてきました。感情に振り回されるのではなく、どんな出来事も「自分を成長させる試練」だと受け止めようと。たとえ辛くても、それを超えた先に、次の景色があると信じることが、経営者にとって大切なことだと学んできました。
この福岡の地でも、時代の流れとともに、ネイル業界の働き方や価値観は大きく変わってきました。昔のように一つの店で何十年も働く人ばかりではありません。転職や独立はごく当たり前になり、それにともなって人の関係性も常に動いていきます。
それでも、自分の根っこに「感謝を忘れない」という気持ちさえあれば、どんな変化があっても揺らがないものがある。私はそう信じて、今もこの仕事を続けています。

誰かに教えることは、自分の過去と向き合うことでもある
ネイリストとして後輩を育てるというのは、単に技術や接客を教えるだけではありません。そのプロセスの中で、過去の自分とも向き合うことになります。「私もこんな時期があったな」と思い出しながら、つまずきやすいポイントに気づき、必要な言葉をかけていく。その一つひとつのやり取りが、教える側の成長にもつながっていきます。
そして不思議なことに、教えた相手が自分の前からいなくなったとき、本当の意味で「自分が何を伝えてきたのか」が見えてくるようになります。その人が選んだ道がどんなものであれ、自分の中に残るのは、関わった時間の重みです。
だから私は、相手の選択を否定せず、ただ「その時間があってよかった」と思えるようにしたいと思っています。ネイルという仕事に関わるすべての人が、自分らしく、自分の場所で輝けるように。それが、自分が積み重ねてきた経験の先にある、ささやかな願いです。
福岡という土地で、多くのネイリストが働き方を模索しながら自分の人生を切り開いていく今だからこそ、お互いを尊重し、支え合える業界でありたいと心から願っています。

